曇り時々また曇り

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2013年も、もう5月が終わろうとしている。

東京も梅雨入りしたのかなッ‥!?

タップリ水を含んだ雨雲と、湿り気を帯びた風が、なんともアジアっぽくてステキ〜。

冬の凍てつくいやらしさに比べたら、蒸し暑く気だるい夏の午後のいやらしさは極楽だ(^_^)v

しかしながら、毎年この季節が始まると、こんなオジサン達が登場してくる。

先ほど都内ニュースで、ネパール人が下半身露出したまま10代の女の子につきまとい逮捕され、本人は”アタシシリマセン”と否定してるそうだ。

下半身露出は日本男児の伝統芸だと思ってたら‥(^_^;)

先ほど、馬場のロータリーで上下黒いショールで全身を包み隠したアラブ系女性が4人が立ち話をしていて、一人の女性はなんと背中に刀をさしていた。

黒装束だから忍者にみたいで、妙に刀が似合ってた。

それでいて、唯一露出した、切れ長の目が、遠くを見つめるダチョウの瞳みたいで、神秘的だった。

写真に収めたかったが、さすがにキッカケがない。

エキゾチックCOSMOPOLITAN高田馬場

いちどおいでませ(^_^)v

月曜日 GLASSONION

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2012年映画
”グッモーエビアン”

いや〜ウルウル号泣してしまいました(;_;)

最近はこの手の映画やドラマがやたらと多い。

ついつい見てしまい、またまたおめおめと号泣している。

わかっちゃいるのにやめられない〜ズルい映画だ(-o-;)

とびっきりの美人でもなければ、とんでもなく演技派でもない。

個人的見解として、女優麻生久美子の魅力とは、とある水曜日の午後に、中央線沿線の、阿佐ヶ谷や荻窪あたりの駅のホームで、一人電車を待ってる‥そんな香りのする女優だからだ。

中央線の香りがする女優も、最近ではめっきり見なくなった。

ついでに、2009年”おとなり”も最高にお勧めですよ。



GLASSONIONのご近所のアジアン雑貨屋の店長さんとは、もはや20年近くも、親しくして頂いている。

この約20年、お互いに、服装も話す内容もほとんど変わってはいない。

都内近県に多数店舗をもつ、アジアン雑貨屋では有名な老舗で、その中の一つが高田馬場店だ。

この店の魅力と特徴は、店もスタッフも、全てに、ある日ある時の、僕だけの中央線沿線の香りがすることだ。

それは、一言では上手く言えない、新鮮で、ハートフルで、それでいて懐かしい香りだ。

地方出の僕が、東京で学生を始めた頃、最初に出会ったのがこの香りだったからだろう。

この香りこそが僕の東京の原点なのだ。

だから今でも、虚しい思いをした時や、辛く惨めな気持ちになった時、足元を見失いそうになった時‥、この老舗が継承する香りに、僕はどれほど救われたことか。

この店内にいるだけで、癒やされアイデアが浮かび、心の宿りとなり‥、この老舗にはいつも感謝している。

映画やドラマが表現するように、確かに、今じゃ中央線沿線も、一昔前の浅草みたいに、ノルタルジーとして扱われるようになってきた。

誰かが置き忘れたタバコのようなものだ。

禁煙を頑張ってる口さみしいお客さんが、空き缶にまとめてあるのを見つけて、一本ちょうだいと、気持ちよさそうに吐き出す煙りに、銘柄など全くどうでもよいのだ。

ライブ告知のフライヤーを見つけ、”ステキな金縛り”の西田敏行みたいと、大笑いしてる女の子がいた。

てっぺんがすっかり薄くなったロン毛のおじさんロックンローラー。

艶のない、白髪でまだらになったパサパサの長い髪を振り乱し、結成30周年‥ギター抱えた今も無名なおっちゃんバンドは、落ち武者に見えなくもない。

それが誰だか気づくのは、もはや僕くらいのものだった。

おっちゃん達とて、そんな自分に気づかないわけもなく、それでも髪を切れない理由は、大人の事情でしかない。

僕も大人の事情で生きている‥。

大人の事情とは実に便利な言葉で、この一語に大人の人生全てが意味託されている。

大人はみんな、毎日をただ大人の事情で生きている。

生きてることの真実は、船にこびりついた藤壺なんだ。

”しがらみと言う藤壺を時々削ぎ落としながら、今日も生きていくってことだ”

それこそが、人生そのものなのだ。

”お前らもっと吠えろ”と、国や社会に噛みくことで若い支持を得たパンクロッカーも、今じゃ老いに負け、生活保護や、ハローワークで職業訓練を受け、シルバー人材派遣で仕事をもらい今日を繋いでいる。

そんなウソみたいな本当の話が現実となって訪れてきた、この高齢化社会。

彼等が最も国や社会の許容と恩恵とを授かるはめになってしまった。

さりとて今更、腹を切る勇気も術もなく‥。

それをまだ、国や社会が笑って受け入れてくれることが、この国がまだ大丈夫だと言う証明にもなっているのだ。

しかしながら若者は、そんな大人の事情が持つ、不条理や矛盾を見せつけられすぎたことで、クールにならざるをえず。

何も突然ではない。

次第に無口になっていったのだ。

つかこうへいの”戦争で死ねなかったお父さんのために”は、大人の事情で生きる全ての人々に捧げられた、愛のレクイエムだ。

恥ずかしながら今日も生きております。

しかしながら、大人の事情は、晴れのち曇り時々にわか雨。
毎日心が定まることはなく揺れている。

大人の事情で生きることの、悲しみも苦しみも、そして喜びも、ある意味、特攻隊の生き残りとして生きてきた人々と、そう大差がないような気もする。

僕の中学の英語の先生は、特攻隊の生き残りだった。

慶応卒の、クィーンズイングリッシュが誇りの、品のある先生だった。

しかし、とんでもないアル中でも有名だった。

そんなつもりもなく今日も生きている。
ふとそんなセリフがよぎる時、あの先生の大人の事情とは何だったのかと‥他人の人生に思いを寄せてみることがある。

夏日&Wednes

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夏日だ‥

やっぱり季節は暑いのがいい

(^_^)v

夏日の戸山公園にて、木々の隙間から、青空を眺めています。

鳥がさえずり、彼方を行く飛行機の唸り、子供の笑い声、自転車のペダル‥その間を、風は静かに通り抜けていきます。

新宿パードレ

彼等に見習い、気持ちよさげな木陰を見つけ、僕も昼寝を真似てみた。

祈りをしらない新参者は、まだまだアリやら昆虫やらに認めてもらえず、蹴飛ばされ噛みつかれ、すぐに追い出されてしまった。

新宿パードレ達は、みな気持ちよさげに爆睡している。

!?

彼等は共存を受け入れ、それを決して否定することなく、それを何より大切にしてきたから爆睡を可能としたのだ。

逆らうことをせず、あるがままを、その日その日に合わせて生きる。

ここは彼等の聖域なのだ。

そして、僕の聖域は‥

”太陽がまぶしすぎて

両手で空を隠した

かけがえのないものの全てが

私のこの街の詩‥”

GLASSONION二十周年記念に合わせた、歌が完成しました。(^_^)v

僕にはギターセンスもテクニックもないから、オリジナルと、カバーもどきでしか、やってこなかった。

コンプレックスだったことを、今やっと、言えるようになった。

ここが僕の聖域だからなのか‥。

人には、人それぞれに聖域があり、それを理解しあうことで、共存としたのだろう。

たががそんなことに気づくのに、ずいぶん遠回りしてしまったものだ(-o-;)

ありがとう〜新宿パードレ

木曜日GLASSONION

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ひと雨きそうな雲行きだ

今日は何とか頑張ってトレーニングを終え、足早に退散した。

かなり肉体が磨かれてきた気がするが、まだ自分しかわからないm(_ _)m

今日の更衣室では、体育会の筋肉の塊みたいなモリモリ学生達が、合宿中の練習試合の様子を語っていた。

一糸纏わぬ露わな姿で、シャワーを浴びながら、ふと頭をよぎったのが、もし奴らが野蛮化して、僕を襲ってきても、僕には全くなす術もないだろう。

それでも僕はこの後、何食わぬ顔でカウンターに立ち、時折襲うお尻の激痛にじっと耐えながら、”いらっしゃいませ”と健気な微笑を浮かべるのかと、想像しただけで目頭が熱くなった。

やはり、橋本大阪市長の発言は不適切だろ〜と身を持って感じたのだった(^_^;)


はてさて‥

昨日から、新しくフェンダ−アンプを借りれたから、また一歩〜らしい音楽水曜日に近づいた。

ギターテクニックのある人が、質の高いギターで、質の高いアンプから鳴らすと、本物そっくりになるんだと、再確認してしまった(^_^;)

ここを基準として、ここを肝に銘じて‥やっていこう。

意味ある妥協と意味のない妥協とを、どう使い分けするかが質の向上だと、ビートルズからも改めて学んだ気がする。

一つ一つ極めていこうと〜しみじみ(^_^)v

戸山公園にて

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そよそよ〜

サラサラ〜

トロケルような恍惚な午後

あァ〜極楽&極楽

我が人生ここにあり

今日の戸山公園は、麦わら帽子に白いワンピースがお似合いな空。

松崎しげるでございます。

今日も、先ほどまで、新宿スポーツセンターにて400円分、体を罰してきたところ‥。



いつもはゾンビばかりの新宿スポーツセンターが今日は違っていた。

大連あたりからスカウトされてきたのだろう、八頭身のチャイナ美女乙女達が、イーリャンサンスーとストレッチをしているではないか。

長くスラリとのびた生足をさらしながら‥、時折、きれのよい腰のくびれを露わにしながら‥

チャイニーズエンジェルスの形のよい胸やお尻の動きに合わせて、おじさん達の体も顔も、自然にリズミカルになっていった。

イーリャン、イーリャン、イーリャンサンスー

そこには、尖閣も靖国もなく

living for Today ‥

‥”大愛”