「ジョージ・ハリスン」 木曜浪漫地下GLASSONION

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「ジョージ・ハリスン」- George Harrison

(1943年2月24日〜2001年11月29日) …

種まく旅人

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ダイエットはやはり、日頃からの緊張感が大切なのだそうです。

先日のトトロ事件以来、夢にジブリンが現れうなされています。

雨が降っても傘もさせず、ずぶ濡れの人生です。

明らかにジブリン症候群です。
笑ってるあなた‥
わき腹をぐっと掴めたら、あなたもジブリンですよ〜(^_^)v



白昼、貞次郎が、馬場ロータリー近くの日高屋で、美人OLと肉野菜定食をつつきあっていたとの目撃情報がありました。

当局の調べでは、最近馬場に越してきた青森出身の、長身でポニーテールがよく似合うスレンダー乙女とのことです。

青森と言えば、切れ長な目に薄い唇と相場が決まっています。

やはり津軽の大地で有機栽培された乙女は、新鮮ですね‥

そんなわけで‥今日ご紹介したい映画がそんなような作品です。

舞台は僕の実家からそう遠くない九州は大分県臼杵あたり‥

土地柄事情もよくわかる、僕のような九州田舎育ちには、現実味の薄い内容でしたが‥しかし(^_^;)

なぜに今更‥こんな映画が作られたのか、その意図もわかりませんが‥

暇つぶしに、尻をポリポリしながら観ていましたら、田中麗奈が素敵すぎて、気がつくと嗚咽してました(-”-;)

TSUTAYAにあるはずです。

主人公のみのりが、深田恭子だったら、もっと号泣してたことでしょう。

もしもみのりが長澤まさみだったら‥、今頃、僕はどうなっていたでしょう。


”会社をリストラされたみのり(田中麗奈)は、大分で製茶農園を営む祖父(柄本明)を尋ね、茶づくりに精通した金ちゃん(陣内孝則)と出会う。

その後 祖父の入院で有機茶畑を手伝う羽目になったみのり‥

たまには、こんな中国映画みたいな作品も心が柔軟されて、良いかもしれませんよ。

ラマダンはいります(”=:火曜浪漫地下GLASSONION

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連休初日のGLASS会に、わざわざご参加頂きました方々に深く感謝しま〜す。

数カ月後、突如、またまたゲリラ的にGLASS会開催しま〜す

毎回無作為に10名のお客様が召喚され、拍手喝采、バンザイを強要されま〜す。
お楽しみにん(^_^)v

さてさて‥
今日、見てはいけないものを見てしまいました。

まだ立ち眩みしています。

神はまだ、私の罪をお許しではなかったようです。

いつもの通りのいつもの坂を降り‥、

今日も健気にいつものGLASSONIONへと向っていただけなのに‥。

デサント本社のショーウィンドウにトトロが映っていました。

”え〜そんなバカな‥”(-”-;)

なぎらけんいちに見えたことはありましたが‥

とうとうジブリとは(-”-;)

余命半年と医者に宣告された気分です。

やっと先週、12年ぶりに僕の生き様を、佐藤浩市気分でご披露したばかりなのに‥。

まさかジブリだったなんて‥

どおりで‥

妖しげな、身振り素振りに、和む客

悪いけど

これよりラマダン入門(`ε´)

日曜〜水曜浪漫地下GLASSONION

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*##*


日曜日‥

友人が入院して、その見舞いに太田市まで遠出しました。

上州おろしの、冷たい空っ風吹き抜ける駅前は、猫の子一匹見あたらず‥、フィリピンパブの南国風の看板が虚しく揺れていました。

その昔、母はこの街で、父にかどあかされ、気がつくと九州にいたそうです。

お母さ〜ん

と思わず大声だしそうになると、車の運転席から僕に満面の微笑で手を降る女がいました。

芸能人の誰かにまた間違えられたに違いないと、振り向き様にVサインして見せると、友人の嫁でした。


今時は、地方はどこでも、駅前は寂れ、郊外にデカいスーパーと、ホテルと見間違うほどの、近代的な真新しい大きな病院があります。

看護士さんも美人揃いで、友人は周りの心配をよそに、毎日がキャバクラ状態なのだそうです。

太りすぎた首をグリッと亭主に向けるその仕草が、何ともいじらしく見えました。

人生、愛似恋

たまには、イレギュラーな出来事もトキメックなアンチエイジングなのですね(^_^)v

今日から大阪へ向かう、若いオーストラリア人夫婦が、昨夜の東京の最後の夜もまた、GLASSONIONを選んでくれました。

この一週間毎日きてくれました。

彼等は日本が大好きで、昨年の新婚旅行に続いて、再来日の旅行者です。

彼等が心底僕らに好意を見せてくれるから、僕等も最大限に彼等に心底好意を見せるわけです。

お互い様です。
友好とは、こうゆうことでしょう。

互いにカタコトでも、十分に意志は伝えあえるものです。

笑顔に勝るコミュニケーションはないと再確認した一週間でした。

これもロックンロール

木曜浪漫地下GLASSONION

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名女優森光子逝く‥の見出しに驚く世代とは、何歳くらいからだろう。

この数年、有名人の訃報ばかりが伝わってくる。

名は知ってはいても、本人が演じていない限り、日常ではほとんど忘れているわけで‥

どんな有名人も、一般人とさほど変わりはない気もする。

しいて言えば、一般人との違いは、有名人はマスコミが騒ぐから突然国をあげて大騒ぎとなる。

もしもマスコミが騒がなければ、森光子と言えど静かに忘れられたことだろう。

それぞれのワイドショーを見比べしていたら、森光子の半生や履歴の解釈の違いが、あまりに大きいことに驚いてしまった。

しかし、それでいいのだとも思う。

故人とつけば、もはや誰の敵でもなくなる。

だから、全てが美しく解釈され、全てが許されていくものなのだ。

人は、花火を、命のように例えたがるのは、そうした許しを前提としたものなのだろう。

つまり、人を許すのは自分を許したいからだ。
つじつまと折り合いを自分につけたいからだ。

夜空に鮮やかに広がる、ほんの瞬きの光その”時”の中に、人生の様式美を見ていてるのだろう。

生きるために生きるのではなく、人は、生きてくために生きるのだと、真言宗の坊さんに言われた。

だから、生きるとは苦難苦悩の連続なのだそうだ。

だから、ロックンロール